「日和」開発までの経緯
シーカヤックスクールを始めるにあたり、初級者からベテランまで、小柄な女性から大柄な男性までが10年、20年と長く安心して使えるカヤックがないかと探していましたがなかなか思うようなものが見つかりませんでした。
艇としては小さく取り回しが良く軽い、また強風や高波の中で耐久性がなくてはなりません。風が弱く波がなければどんな艇でもほとんど問題はないのですが海での使用ではそうはいきません。
工房 船渡夢 の代表である シーカヤックデザイナーの豊島廣通さんとの再会は2007年でした。豊島さんはアメリカズカップチャレンジチームのクルーとして参加しましたが、造船職人の経験を生かしてトップチームの造船スタッフになり、チームニュージーランドの建造にもかかわりながらも日本チームの造船スタッフとして6カ月間オークランドで艇の製造にかかわりました。1992年のアメリカズカップチャレンジチームにおいてチームメイトであった私と豊島さんは、チーム解散後には互いに別々の道を歩んでいました。私は1人乗りのディンギーで、ヨーロッパ、オセアニアでのレースを転戦し、レース活動が一段落した後にヨットのスクールを始め、その後シーカヤックのスクールも開始しました。シーカヤックを始めてしばらくして乗ったカヤックがとても乗りやすかったのでインターネットで調べていたら豊島さんがカヤックを作っている事を知りました。豊島さんはいい艇を作っているんだな、と思いすぐに連絡を取りました。
それから何年か構想を固め、やっと私の作りたかったシーカヤックを作ってもらえることになったのです。1号艇ができた後は様々なテストを繰り返し、3年間のテスト結果をもって販売を開始することにしました。
1艇、1艇丁寧に作るために大量生産はできませんので予約販売となります。納期のご理解をよろしくお願いします。
ひよりプロデュース アーキット(株)葉山セーリングカレッジ、葉山シーカヤッククラブ 中尾和嘉
プロフィール
中尾和嘉 1962年生まれ アーキット株式会社 代表
- 1986年
- 駒澤大学 文学部歴史学科卒業 大学はヨット部所属
- 1990年
- ニッポンチャレンジアメリカズカップチームに参加
- 1991年
- BBCチャレンジアメリカズカップに移籍
- 1994年
- レーザー級ヨット(1人乗りオリンピッククラス)全日本選手権優勝
- 1995年
- レーザーラジアル級(1人乗り女子オリンピッククラス(軽量級))ヨーロッパ選手権2位
- 1996年
- オリンピック代表候補選手 JOCナショナルチーム所属 最終選考3位
- 2001年
- 宮城国体成年男子団体戦 優勝
- 1997年~
- 葉山セーリングカレッジを開始
コーチとして全日本選手権優勝、国体優勝選手、プレオリンピック選手など多数を育成
初級者からトップ選手まで ジュニア~80歳までを指導 - 2002年
- 葉山シーカヤックスクールを開始。シーカヤッククラブ設立。
物品販売の葉山シークラブを開始。シーカヤックの販売を始める - 現在
- セーリング部門 葉山セーリングカレッジ
シーカヤック部門 葉山シーカヤッククラブ
販売部門 葉山シークラブを運営
ISPA国際クルージングインストラクター資格、1級小型船舶操縦士資格、教員資格(中学、高校)上級救命士資格、日本レクリエーショナルカヌー協会 シーカヤックシニアインストラクター資格
造船技術についてはアメリカズカップ挑戦チームで豊島氏から基礎を学ぶ。造船所アルバイト佐島マリーナ内、などを経て葉山セーリングカレッジでは自社クラブ艇ヨット30艇シーカヤック40艇の修理をすべて自分たちで行っている。FRP修理から木工、塗装までの技術を有する。